2017年11月30日木曜日

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本日3限、ゼミの教室行きまして、連絡事項など伝えて「年末はクリパしますか」みたいな話を終えて、「では今日の発表は・・・」ってとこでなんだか3年生の子と4年生の子の言い合いが始まる。なに?

「本読んで来てないです」
「どういうこと?4年生いなくなったらどうすんの?もっとしっかりせなあかんのちゃう?」
「3年生は3年生でいろいろ忙しいんです!」

あわわわわ、なになになんで揉めてるの?アレ?仲悪かったの?なんか授業前に揉めてたの?っていうかなんの本読んでくることになってたっけ?え?え?え?って、呆気にとられる。

と、そこで、ケーキ登場。ハッピーバースデー。

え?え?え?んーっと、それは嬉しいけどさっきのケンカは?

Oh!仕込みか!ようやく気づく(そしてホッとする(笑))。

見事に騙されましてね。すげー手が込んでてその工夫とサプライズが嬉しいね。

今年のゼミ生はとにかくサイコーなのですが、今回もやられた。授業でも遊びでもなんでも工夫して楽しんでやろう!ってとこがホンマに素敵。この子らの人生は絶対楽しくて豊かなものになると思う。
ケーキにはワタシとA氏。みんなで記念写真。


寄せ書き。こういうのって本当に嬉しい。ありがとうございます。今年もいい学生に恵まれてワタシは果報者ですわ。


あとから隠し撮りしてた動画を見せてもらってまた笑う。教室入って来ていきなり「ビション・フリーゼってかわいいよね〜」「うちの近くには山口組の本家があって」って、なんちゅう話をしてるんや、オレ。

2017年11月15日水曜日

エトガル・ケレット&シーラ・ゲフェン来日情報(予告)

昨年春の『あの素晴らしき七年』出版以降ずっと練ってきたケレット夫妻の日本への招聘計画がいよいよ具体化してきました。ケレットさんの仕事の都合もあって時期が二転三転しましたが、たぶんこれで決定。1年後、来年の11月です!

2018年11月10日(土)、11日(日)は東京で、翌週末の17日(土)、18日(日)は神戸の甲南大学でそれぞれイベントの予定です。18日は日本の作家とのシンポジウムを企画中。

『突然ノックの音が』『あの素晴らしき七年』を読んでこのおもしろじさんのファンになった方々、まだ1年先ですがぜひ予定を空けておいてください!

こちらはオランダの監督が撮ったケレットさんのハイブリッド・ドキュメンタリー。


ケレットさんについてのドキュメンタリーでもあるし、アニメも交えた作品の再現場面もある。そしてその主役を演じるのがケレットさんだったりもする。ジョナサン・サフラン・フォアやゲイリー・シュタインガートもインタビューで登場。

ケレットさん本人とその作品の魅力を伝えるとてもよく出来た映画です。

来日の際に少ない劇場でいいので公開できないかなと画策中。

2017年10月18日水曜日

オープンゼミ「(福永さんと)翻訳で遊ぼう、翻訳を遊ぼう」

 2017年11月2日木曜日2時半から、甲南大学iCommons4階TSUTAYA bookstoreのカフェでオープンゼミを開催します。今年で3年目となった恒例行事、今回は「翻訳」をテーマに行います。作家の福永信さんが書かれたテクストの英訳を題材に、秋元ゼミの学生たちが2チームに分かれてそれを再び日本語に訳します。片方は普通に翻訳、片方は「福永さんらしく」翻訳することを目指します。果たしてどんな訳文が出てくるのか?
 そこから翻訳の可能性、不可能性、作家らしさは復元可能なのか?そもそもの「作家らしさ」ってなんだろう?ということを考えてみたいと思います。
 参加は誰でもOK。できれば題材の英文テクストを事前に読んでおいた方がいいので、興味のある方は連絡ください。

2017年8月29日火曜日

『アルテリ』

日本有数の文芸好きのための書店、日本一うちの近くにあってほしい、そして毎日通いたい書店である熊本の橙書店が出している文芸誌『アルテリ』の3,4号を、寄稿されている松嶋圭さんよりご恵投賜る。嬉しい。橙書店と松嶋さん、店主の田尻さんは、ワタシにとっては魔法のような出会いだったから(http://akkitom-ontheroadtonowhere.blogspot.jp/2017/…/in.html)、その松嶋さんがご自身で書かれた短編の載った、田尻さんが作られている『アルテリ』を送ってくださったというのがたまらなく嬉しい。

四号掲載の「書き初め」は戦後台湾から引き揚げてきた九州の「島」のおばあちゃんの語り。台湾という民族と言語が交差した場所ということで温又柔さんを思い出し、九州のヴァナキュラーな言葉に同じく青森の方言で書く木村友祐さんを思い出す。いろいろつながるなあ。「毛利さん」が改姓前の「毛京華」という署名で書いた書には、どのことばで、どんなことが書いてあったのだろう?そして「私」が最後に書く書初めもまた、どのことばで、どんなことが書かれるのだろう?

 三号掲載の「陽光」、祖父母と浜の記憶。わからなかったこととあとでわかったことと、わかったのではなかったのかもしれないこと。祖父のタップダンスが目に浮かぶようで、無理して食べ続けたいちごジャムの食パンの味が感じられるようで、そして浜の陽光が自分の記憶にもあるような気がした。いい余韻が残る作品。好きだなあ。

 まだ他の方が書かれたものは読めてないんですが、『アルテリ』、とってもすてきな雑誌です。また、編集後記がいいんですよ、毎回。気の利いた本屋さんなら置いてます。見つけたら手に取ってほしいです。

2017年8月9日水曜日

ヴィスコンティ『若者のすべて』&ニコラス・ゲイハルタ―『人類遺産』at元町映画館

夏休みになって授業がないので毎週水曜のメンズデーを利用して元町映画館に通ってる。いつ行ってもおもしろそうな映画をやっている。そのうえ近所には安くておいしい店も多い。

映画を見るのは好きだけど系統立てた知識はないのでヴィスコンティも知らずに見に行った『若者のすべて』。いやあ、よかったなあ。脚本、セリフがとてもいい。ロッコ(アラン・ドロン)が娼婦のナディアに「信じる」ことの大事さを説いてせっかく二人の愛の世界ができたのに兄貴の「人間の屑」(名前忘れたが、ほんまに屑だと思ったので名演である)が嫉妬に狂ってナディアを犯し、もうここで終わるしかないじゃん、と思いきやそのあとがまた素晴らしい。ロッコが言う、故郷では家を建てるときに最初に通った人の影に石を投げた、それは「いけにえ」必要だからという話、この物語のいけにえはだれなのか?ロッコは自分を犠牲にしていけにえになる人だが、いちばんかわいそうなのはナディアであるし、ある意味「人間の屑」もいけにえかもしれず、母ちゃんもそうか、ああみんなそうなのか、と思う。弟チーロが言う「ロッコはみんなを許して聖人だけれど自分を守れない」ってセリフもグッと来た。人物の顔をフレームの右側に寄せて配置してクローズアップするあの撮り方ってたぶん、なんか呼び方あるんやろな。

『人類遺産』の監督の『いのちのたべかた』は見ていたので、それだけで観る。世界廃墟巡り、だと思う。というのもキャプション、ナレーションが一切ないのでどこの国なのかわからない。フクシマと軍艦島が日本なのはさすがにわかるが。すべてのカットがカメラ固定で20-30秒。視点は一切動かない。でも、写真じゃなくて映画ならではなのは、そこに静止画の中の動きと音が入り込むからで、どこに行っても風が吹き、どこに行っても草花が揺れ、どこに行っても鳥が鳴いている(ハエの音はちょっとあざとい気がした)。最初は「人間ってつくづく自然の邪魔して生きてるなあ」と思ったが、だんだんとそれも含めての「自然」だという気になる。「遺跡」だって廃墟なわけだし。

元町映画館が気に入って行っているのはやっぱり映画が見たいからで、そういえば最近新作ロードショーの映画を心待ちにして観ることがなくなっていて、はやくあれ観なきゃ、って映画は久しくない。アメリカも日本もマンガの映画化ばっかりで、映画は乗って楽しむアトラクションでしかなくって、感じて考えるものじゃなくなっていて、それでも別にええけど、ちゃんとした映画が見たい人には見れる場所が神戸にはあるってのがうれしい。

2017年6月12日月曜日

The ピーズ 30周年 武道館

 ピーズが好きだ。まわりに聴いている人はいないし、あんまり人に勧めることもない。まあ勧められて聴くタイプの音楽じゃないし、わかる人は自然にハマるし、わかんない人はわかることはない、そんなかんじの音楽。とはいえ、自分も聴いているのはこの10年くらいのことで、デビュー当時のことは知らない。トモのカステラは大学生時分によくかかっていた記憶があるけど、ピーズは当時は知らなかった。
 それがなんでか聞き始めたのがたぶん2005年くらいで、30代なかば、人生迷いまくりのオッサン初心者にはまあ歌詞が刺さった。ダメな歌詞。でもその「ダメ」はむき出しで、ありのままのダメというか、ダメからプラスにもマイナスにも向かわないのがいい。「ダメだけど頑張るんだ」にも「ダメでもうほんとダメで死にたい」にも行かない。ただの状態としての「ダメ」。簡単にプラマイどっちかに転化して物語にできるようなのは、たぶん嘘だし、なんか安いんだな。ピーズの歌詞は安くない。骨削って書いて出てきた骨髄みたいな詞だよ。
 CDが出れば買って聴き、ライブも行くようになった。酒飲んで音楽に身をゆだねるのが楽しい。「音楽に、ただ、ゆらゆら」。行くときはいつも一人だ。会場には同じようなオッサン一人客はけっこういるので、話しかけてみることも多いが、あまり弾まない。そういう人たちに愛されているバンドである。連帯しがたい不器用なオッサンたちに。

 それが30周年で初の武道館。行かないわけにはいかない。



 唯一のピーズ仲間である同業者のSさんも九州から参戦するというし、Sさんの友人のあこちんもまた参戦と言うから、これまた行かないわけにはいかない。早々にチケットを申し込んだ。

 一曲目はなにか予想。Sさんは「ノロマ」だという。ワタシも大好きな一曲だ。

    戻らない人生も
    半分はとっくだな
    間違いもあっためよう
    いまさらリセットもないさ

    死ぬまで泳いでいく
    くたびれたかいそうかい
    溺れるまでサボるかい
    誰も手出し切れないさ

「ノロマ」が30年かけて武道館にたどり着いた。ゆっくりだけど「しょいこんで続」いてたどり着いたのか。そう思うと、むむむ、この武道館の文脈にはまる一曲だねえ。

 ワタシは「とどめ」と予想。やはり代表曲的な感じで、でも「生きのばし」はさすがに後半だろう、で、あのギターのイントロが鳴ってそのあと「ウォー!」って盛り上がるの図が見えたし、

    きたー、チクショウ おせーぞ
    今までなんだったんだろ
    これでまんまとばかっきりだ
    好きなよにぶっ殺さしてやる

の歌詞が、クライマックスの武道館に逆の意味でハマる、ってことで「とどめ」。

 会場でお隣に座った埼玉からの兄さん二人組ともその話をしたところ「「鉄道」だったら泣いちゃいますねえ。「やっと、こんないいとこまで、たどりついてしまった。ああ、お疲れさんだよ」ってあの歌詞で始まったら」とのこと。これまた鋭い。コンテクスト的にはまる選曲。すばらしい。

 武道館のまわりではみんな酒飲んでる。なんなんだこれは。トイレ行って聞き逃すのは嫌なのでこの日は飲まないと決めていたワタシであったが、缶ビール片手のSさんを見て、即座に決意が揺らぎ500ミリ缶を買いに走る。

 6時半開演。すぐに始まった。



 なんだかドリフのヒゲダンスみたいに登場。

 三人とも楽しそう。こちらも楽しい。みんなハッピー。やっとハッピー。

 なんと一曲目は「ノロマ」、二曲目は「とどめ」、三曲目は「鉄道」。ワタシらの予想が三曲続いた。やるやん、おれら。

 3時間みっちりのライブ。どの曲もよかった。

 なかでもキモチよかったのが「真空管」。あと「ゴーラン」のベースのカッコイイこと。「脳ミソ」の最後の方の「脳ミソ半分取っちまいたい」のとこ、きもちいかった。「何様ランド」も沁みた。

    仲間はずれをさみしがる余裕ねえ
    もう興味ねえにした
    わがままベスト 流されねえ

 最後の曲「グライダー」のイントロで客電がパッとついて場内明転したときの多幸感ったらなかった。鳥肌立った。

    燃料タンク 地図 ナビゲーター
    ハナからないよ しまいまで
    端から見りゃ そりゃのんびり
    でもとっくにギリギリなんだ

 端から見りゃ極楽とんぼのグライダーだけど、本人シャカリキ(これは「ノロマが走っていく」にも共通するモチーフ)ってのが、これまた「グライダーがやっと武道館にたどり着いたか」って感慨深い。

 ほんでそのあと

    ぼくはグライダー
    みんなグライダー

 って歌詞で、「あ、そっか、ここに集まったファンもみんな、はたから見りゃのんびりだけど、ほんとはギリギリで必死こいて飛んできたグライダーたちだ」って思ったらじーんときた。

 30年、人によって長短はあるけど、ピーズとともに「同じ青な空」をしゃかりきで漂ってきた全国のグライダーたちが、武道館に一時着陸した奇跡のような一夜、「夢のような夢」だった。

 演奏終わっても名残惜しそうになかなかステージを去らない3人の様子を見てまた胸が熱くなる。

 客出しで「好きなコはできた」がかかるが、誰も帰らない。みんな一緒に歌ってる。「幸せなぼくら」たちで満たされた幸せな空間。

ありがとう。

2017年4月10日月曜日

芦屋さくらファンラン&ゼミお花見&日本翻訳大賞受賞はなしヨの日


 9日日曜日は芦屋さくらファンラン。毎年同僚Nのゼミと合同で、マラソンのあとのお花見をしているのですが、例年は桜が散っていることが多く、まあ屋外で飲み食いするだけでも楽しいとはいえ、桜がもったらなあ、と毎年思っておりました。

 それが今年は桜の開花が遅れ、まさにこの日満開のタイミング!

 なのに天気は雨予報!

 これはいかんということで念を送りましたところ、朝9時ごろから雨は上がり午後にはお日さまも出てきました。

 朝7時半集合にも5人の学生が来てくれて、マラソン走っている間に15名ほどの大所帯に。NゼミはOBや院生まで来てかなり賑やかになりました。

 ハーフマラソンは1時間55分かかって、最近は走れてないし疲れてるしでどんどん遅くなっているのですが、練習してない割にがんばったと思います。キロ5分10くらいまで上がった瞬間もあったし。しかしもうそれ以上速く走れる気はしないな。前はハーフならキロ5分イーブンくらいでいけたのだが。寄る年波か。

午後から参加の学生もいるし、奥さんも途中から参加し、人狼ゲームしたりして楽しく過ごしました。
 
素敵な面々

いいかんじ
が、夕方六時に近くなるとオッサンにわかに緊張。拙訳のエトガル・ケレット著『あの素晴らしき七年』が日本翻訳大賞の最終候補6作に残っていたのですが、ネットでの大賞の発表に先駆けて、受賞の場合は6時に電話連絡が入ることになっておりまして。ここまで残れただけでも僥倖なのですが、やはり最終候補にまで残ると「もしかして・・・」と期待もするのでありまして、なんか電話待つなんてドキドキするではないですか。そこでゼミ生たちに「緊張するから一緒にいて!」と頼んで、阪神芦屋のにしむらコーヒーで待つことに。10人くらい残ってくれました。

 今年のゼミ生はみんな仲良くにぎやかでとても雰囲気がいいのであります。4回生が3回生を一生懸命和ませようとしているし、モチベーション高いし、期待大です。
 そして、「文学」に関わる自分の仕事はできるだけ学生と共有して、オッサンがはしゃいだり照れたり興奮したりする様子を見せたい、それでなんか感じてくれれば結構、と思っているので、これはいい機会。

 いよいよ六時。

5時59分。気が気ではないオッサン。和ます若人たち

 鳴らない。ワタシのガラケーが、鳴らない。

 「鳴らないねえ。でも、もし二人受賞だったら、一人目にかけているところかもね。そのあとに来るのかもね」

 鳴らない。5分経過。

 「こりゃないね」
 「先生、まだ話し合ってるんじゃないですかね。この人ツイッタ―で審査開始って一時間前につぶやいてますけど1時間で決まらへんのちゃいます?」
 「うむ・・・」

 鳴らない。

 「ないわ」
 「いや、15分までは「六時ごろ」ですよ。待ちましょう」

 鳴らない。
 「ガラケーやから鳴らへんのかな?(笑)」なんて軽口で気を紛らわしつつ待つ。

 鳴らないねえ。

 「まあ、みなさんとこうやって一緒に待てて楽しかった!」
 「いや、30分まで待ちましょう」

 鳴りはしない。ここであきらめる。

 「残念だけど、受賞ならなかったみたいです。でも一緒に待ってくれてありがとね」

 と言って学生を送り出しながらも、電車の中でずーっとケータイを気にし続けるオッサンであった。

 まあ、いいんです。はじめての翻訳でそうそううまくいっちゃいけないし、今日発表された受賞者の藤井さんや松本さんのように日本の翻訳文化に貢献してきたわけでもないワタシがもらったりしたら、「なんか違う」感が強いでしょう。ただ、ワタシの力は小さくとも、この黄色い「小さな巨人」の力は、やっぱり他の本に負けないと思うから、ちょっと悔しい。ケレットさんに「とったよ!」って言いたかったなあ。来年うちの大学に来てもらうときに「日本翻訳大賞受賞作の!」ってポスター載せたかったなあ。ま、「最終候補作!」でもいけるか。

 でも、ここまでの旅で、ケレットさんには今まで見たことのない景色をたくさん見せてもらったし、それはきっとこれからも続くのだと思います。「writer-translator teamになろう」って言われたあの日から、ワタシは彼に冒険に連れ出してもらいました。今まで行ったことのない場所に行ったし、したことのない経験をさせてもらいました。

 今まで自分でしてきた仕事の中でも、こんなに誇らしい仕事はありませんでした。自分でほれ込んで、売り込みもして、それが本になって、そしてその本を大事にしてくれる読者の方々に届けることができた。最近よく思うのは、自分の仕事がなんらかの形で「世の中を豊かにする」ことに貢献できたらいいな、ということで、この仕事はその実感が自分史上最高でした。

 ケレットさんとの冒険はまだまだ続きますし、ケレットさんの日本での躍進もまだまだ続きます。

 出版社の皆さん!ケレットさんの短編の訳稿、母袋夏生さんのとこに、ヘブライ語からの素晴らしい訳がいっぱいあります!日本の読者が待ってます。出しましょう。

 新潮社の編集の佐々木さんには改めて感謝です。校閲の皆さんにも大いに助けられました。

 審査委員のみなさま、ありがとうございます。おかげさまでわくわくドキドキしてすごすことができました。

 そしてなによりも、この黄色い本を大事に思ってくださった読者の皆さん、ありがとう。