2017年1月1日日曜日

橙書店 in 熊本

 年の瀬なのでこの一年を総括してみるならば、この数年頑張ってきたエトガル・ケレットさんの日本への紹介が『あの素晴らしき七年』の出版という形で春に結実し、その勢いでケレットさん言うところの artistic adventure に巻き込んでもらった感がある一年であった。

 もともとケレットさんのイベントで知り合った福永さんとの交流も深まったし、年末の11月12月には学会関係で喋り仕事が3つもあり、そういうのが得意な他の方ないざ知らず、慎重で余裕を持ちたがる私にとってはかつてないハードなスケジュール、それでもやってみたのはひとえにケレットさんの紹介者としての責任感ゆえであり、ケレットさん関連の依頼は全部受けると決めていた。結果、やったらなんとかなるってのも発見だし、拙くとも喋ればそこから反応があって自分が考えるためのヒントも生まれるなあと実感した。

比較文学会
CISMOR

   なかでも今年一番嬉しかった出来事は、先日学会で九州は福岡に行ったときのこと。

 九州アメリカ文学会でケレットさんのことを踏まえた発表をした際に、会場に来てくださっていた方から、「熊本の橙書店で薦められて『あの素晴らしき七年』買いました」と声をかけられて、へー、オススメしてくれるなんてありがたい話だなあ、お客さんにオススメする本屋ってことは多分こだわりのお店なんだろうなあ、って思って、でもその日はそれ以上考えることもなかった。
 翌日、熊本在住の友人に会うために新幹線で向かうと、友人のSさん、「行ったことないんですけど熊本には橙書店っていう有名な本屋があるんですよ。行ってみます?」と言う。あれ、昨日聞いた本屋かな?これは奇遇。行きましょ行きましょってことになって、お城と馬刺しの後に探しに行く。Sさんがちゃんと地図を用意してくれていたのにも感謝である。

 行ってみると、神戸の海岸通りのビルジングに似たおもむきの、古い建物の2階。文芸書中心のラインナップ、カウンターとテーブルのカフェスペースもある。入った途端、「ああ、この店好きやわ」って思った。豊かな時間が流れる空間。中に入ると『あの素晴らしき七年』を面陳してくださっていて「うわー推してくれてる〜」と喜んでいると、店主の方が「秋元さんですよね?」と聞いて来る。ん?知り合いだった?と不思議に思っていると、なんと、前日のシンポの情報を得てお客さんにも勧めてくれていて、それでそこにたまたまいたお客さんの松嶋さんが聞きに来てくれていたというではないか。
一階の入り口


嬉しい


 Mさんは学会会員でもなければ大学関係でもない。年の頃は私に近い感じの男性で、お医者さんだそう。ご自身で小説も書いていらっしゃる。ケレットさんの本を気に入ってくれていて(店主の田尻さんのオススメがきっかけでしょうか)それで前日わざわざ熊本から聞きに来てくれていたのだ。
 これは本当に嬉しい出来事で、学会の外の方が話を聞きに来てくれて、しかもケレットさんの本を気に入って来てくれていたってのが、もうたまらなく嬉しい。
 ちなみに松嶋さんはすでにデビューされていてPrada ジャーナル(あのプラダ!)で入賞されていてウェブで作品が読める。http://www.prada.com/journal2016/index-ja.html#/winners/ 影同士が対話し始める、とても面白い作品。
 店主の田尻さんは『あの素晴らしき七年』を気に入っていろんな方に勧めてくださっているそうで、そのおかげでこのお店ではクレストの中でも本書が一番の売り上げ。お店にはいろんな作家が来られるそうで、そういう方々にも勧めてくださっている。ありがたい限り。ああ、大事にしてくれる、愛してくれる読者に会えて嬉しいな〜、頑張って出してよかったなあってしみじみ思う瞬間だった。
 この日は出勤してなかったけれど、ここにはしらたまくんという看板ねこがいるそうで、村上春樹さんも会いに来ていて、『ラオスにいったい何があるというんですか?』にそのことが載っている。なんと村上さん、この店で朗読会もしたそうで、そんなこと簡単にはしない人なはずなので聞いてみると、20年ぶりだったとのこと。
 翻訳者は出しゃばるべきではないって思うのだけれども、やっぱり自分にとってとても大事な作家で、なんとか日本の読者に届けたい、絶対好きな人たくさんいるはず、って思って始めたことだから、それがこうして、大事にしてくれる読者にちゃんと発見されているのを知ったのには、これまでしてきた仕事とは次元の違う感動を覚えた。だってそこにはそれぞれの「愛」があるじゃないの。そういうつながりに自分が加われたことが嬉しいし、ケレットさんとのartistic adventureはまだまだ続いていくはずと確信。
 来年も楽しい仕事がいっぱいできたらいいな。ちょっとでもこの日本の本を読む人たちに、いいものを届けて、世の中がちょっとでも豊かになったらいいな、と思う。

 来年もよろしくお願いします。

 
 

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